知覚-行為デザイン論

土曜日, 8月 21, 2004

アフォーダンスをデザインする?

D.A.ノーマンが「誰のためのデザイン?」でアフォーダンスについて述べて以来,デザインの世界ではアフォーダンスという言葉が広く一般的につかわれるようになってきた.

デザイナー深澤直人は以前からアフォーダンスの概念に着目,直接的にアフォーダンスとは言わずともアフォーダンスを意識したデザイン活動を行っている.

しかし,アフォーダンスの概念は簡単ではない.アフォーダンスはどちらかといえば「言葉にしにくい現象」を説明するための言葉だからだ.アフォーダンスは環境と行為の同時性からなるもので,アフォーダンスは行為の結果を示す言葉ではない.

椅子は座ることをアフォードする?

典型的なアフォーダンスの説明では「椅子は座ることをアフォードする」ということ.これは,やや誤解を与えかねない説明である.

おそらくこの説明を聴くと「ああ,座ることを誘うデザインね」みたいな解釈をしてしまう.アフォーダンスは誘うデザインではない.座りたいと思わせるデザインでもない.

まず,椅子という例が悪い.椅子はそもそも座るモノという概念があたりまえすぎる.そして,椅子というイメージが強すぎ,モノ側のインパクトがありすぎる.a

まだ,こういった方がいいかもしれない,「そのくらいの高さのある程度の丈夫な平面は,ある人間が座ることをアフォードする」

そういったもので,かつデザイン装飾されているようなものを私たちは「椅子」と呼んでいるだけのことである.

2つで1つ

重要な点は,アフォーダンスはモノ側だけが重要なのではない.そこに関わる人間(動物)も同等に重要である.アフォーダンスは,モノと人間(動物)で決定される現象である.

つまり,子供と大人では,椅子のアフォーダンスは異なる.今うえで「ある人間が」と特定したのはそのためだ.椅子は座ることをアフォードするというのは,おそらく乳幼児と成人では異なる.もちろん,犬,猫ともに違う.

知覚システム

アフォーダンスのデザインというと,モノ側に着目しがちだが,人間,動物のスケール,構造,いわゆる人間工学な観点も重要になってくる.(かといって人間工学のような平均値を求めるわけではない)

重要なのはスケール,構造,(身体)の違いから何がおきるかである.

それは,環境の「知覚の仕方」である.生態心理学ではこれを「知覚システム」とよぶ.知覚システムが,大人と子供では違う.視覚という言葉で説明し てしまうと,大人も子供も対等にある感覚で片づけられてしまう.しかし,現実の「見る」という行為で考えると,違いがある.まず,身長が違う.1歩の歩幅 も違う.そうすると,環境の見え方が違う.

そして,その違いは「その隙間を通り抜けられそう」「その谷を飛び越えられそう」という感覚へとつながる.思考するのとは違う.

アフォーダンスは説明のための言葉ではない

ここまで説明してきても,実際にアフォーダンスをデザインするとなると話は別である.結果的にアフォーダンスがデザインされた?ということはどいうことなのかが評価できないのが現状かもしれない.

デザインにアフォーダンスを導入するという時,重要なのはアフォーダンスという言葉,説明そのものは「方法」にはならないということだ.アフォーダ ンスと言っている限りアフォーダンスはデザインできない.アフォーダンスをデザインするようになるためには,アフォーダンスを支えるギブソンの生態心理学 について勉強し,そして実際に自分が環境と出会う中で発見,気づき,を行うほかない.

プラスのアフォーダンス,マイナスのアフォーダンス,日常は多くのアフォーダンスに満ちあふれており,アフォーダンスの考え方からすれば,世界にはアフォーダンスしかない.

アフォーダンスが何をしてくれているかといえば,私たちが「人間」であることを支えてくれているということ.これはつまり「ふつう」を支えている.「いつも」を支えている