2006-03-01
[長年日記]
DEMOCA
最近は簡単に非接触ICカード&リーダーが入手できるようになりました。しかも値段もお手頃。
最近いろいろな場所で自分の研究や作品を見せることが多くなってきました。でも、フォルダを辿ったり探ったりするのはかっこわるい。そこでスマートにデモをするためにPaSoRiを使って、カードを載せるだけでそのソフトやスライドが起動する『Democa(デモカ)』をつくってみました。
リーダーもAmazonで入手可能です。
作り方
簡単です。PaSoRiのドライバーのセットアップが終わったら、www.mobiquitous.comのサイトからFelicaLauncher をダウンロードして、カードのIDとアプリを関連づけるだけです。重要なのはカードのデザインで、光沢紙のシールを使ったりするとよいでしょう。
カードの入手はコンビニのAM/PMや、Felicaで買い物ができるお店などで扱っているはずです。
2006-03-05
[長年日記]
無責任に発言せよ
まず、これはまたインタフェースの教科書としていい。おすすめ。図書館で借りたけど、手元に置いておきたい、買うかな。
宮本茂との対談のなかで、悩んだときにには客観的な立場の人と話す、相談するといいということが書いてあった。
客観的な立場の人というのは、つまりそのプロジェクトに関係していない人のこと。そういう人と相談すると「無責任に発言」する。でも、そういうことが当事者にとっては意外とよくて、解決策につながったりする。と。
これはタシカニ納得。
それと、最近ブレストするとしゃべらないやつとかいる。それは困る。もっとしゃべれ。何でもいいからしゃべれ。と思うのにしゃべらない。
みんなアイデアや自分の考えに対して、責任を感じすぎているんじゃないのか。べつに期待してないから、どんどん話せ。いかに馬鹿になれるか、くだらない状態までなれるか。そこだと思う。だいたい、くだらないことでもいいから言え、といった時点で、簡単なことではない。
いいアイデアを出すことにたいして必死にならなくてもいい、なぜなら、いいアイデアを探すこと自体は暗黙的やってるから、そこは自分を信じればいい。必死にやるべきなのは、いかに必死に馬鹿になれるか。そうしないと、幅が広がらない。
僕は、ブレストやると楽しくて、よく「全然関係ないけど〜」っていうのが口癖で、もうよくわかんないけどこの関係ないことを思い出してしまったことが嬉しい。
日常会話でも、もう相手の話なんかどうでもいい、「全然関係ないけど〜」で会話することが多い。考えてみれば日常がブレストなわけだ。
その話の文脈とは関係ない「全然関係ないけど〜」という言葉は、実はすごく自分の中では関係があるわけで、実はそれがものすごい創造につながることがあるのかもしれない。
ことに今日気づいてみた。全然関係ないけどとふと口にしたときには自分で注意してみることにする。
2006-03-06
[長年日記]
neon と一緒に
neonを買ってから10日くらい経った。シンプルなデザインというのは最初に「おっ!」というのではなく、使っていると「なんかいい」という感覚が芽生える。つまり飽きない。
最近アマゾンにIKEAの製品がおいてある。LEDっぽいものを発見したのでneonと一緒に並べてみたりするといいかも。
2006-03-09
[長年日記]
火事や地震の時に持って逃げるもの
として、写真を持って行くという人は多いという。
たしかに、燃えて無くなってしまったら二度と手に入らないものだから、そのへんの家具にくらべれば当然といえば当然だ。
同様に、ハードディスクに入っているもので、消えてしまったら一番困るモノは、写真かもしれない。
しかしなぜ写真がそこまで重要なのか。自分で「覚えている」「記憶している」のではないのか。忘れてしまうような出来事は思い出でではないのなら、写真なんていらないのではないのか。
たまたま今読んでいた本にある意味答えのヒントになるかもしれないことが書かれていたので、少し書いてみる。
追記(3/11)
現在、過去、未来というのは「言葉にされたとき」に現れるもので、「記憶という存在」はないという見方がある。となれば、残された写真をもとにそれが何であるかを説明することで、されが過去として定義される。
2006-03-11
[長年日記]
個性尊重の時代
一昔前の教育目標。つまり自分が教育を受けてきた時代。たぶん正しかった。そしてもっと個性だけに着目すべきだった。
なぜか?
教養的なものは今日、ネットワークのインフラのおかげで相当、個人の能力が補完されている。これまで教育は、国民が同じ社会的英知を共有することで、コミュニケーションや文化をある一定の水準まで高めることであったはずである。今日、ネットワークがある環境であれば、情報の「共有」の効率、可能性は格段に上がったために学校でわざわざ同じ教育を受けにいかずとも、情報が獲得できてしまう。むしろ、学校というローカルな場所で普遍的な学びをするのなら、インターネットを使った方がよっぽどいい。学校は逆にそのローカルであることを強みにしたほうがいい。同時に、普遍的なものはすぐに入手可能になったので、個人も「個人であるがゆえの理由」を活かした学びをしたほうがいい。つまり、なぜあなたは、他人と区別されて呼ばれているのか?なぜあたなが個人である必要があるのか。
なぜこんなことを書くかと言えば、自分が小学生や中学生、高校生のころ、そんなに「いわゆる勉強」というのをしてこなかったにもかかわらず、今それなりにやっていけることが不思議である。というコトに気づいた。
特にパソコンを使うようになってから、劇的に「勉強観」というのが変って、自由になって「好きなこと」に集中できるようになっていった気がする。
たとえば、Webを作ろうとしたとき、他人が書くようなことを書いたところで、面白くないわけだ。だいたい検索すれば既に書いてあって自分が書く必要がない。では、自分は何が書けるのかというふうに考えるようになる。同時に、個性尊重とはそういうことだったか。というふうに気づく。
勉強においては、自分の好きなことだけやっておけばいい。足りないことはインターネットが補完してくれる。「知っている」「知らない」は紙一重で、検索すれば済む話である。
教育も、これからもっともっと変る。義務教育2.0とかありなんじゃないのかな。
2006-03-14
[長年日記]
IT技術者ってどう考えても自分の首を絞めている気がする
どんどん便利なものを排出していくほどに、技術者でなくとも「あることがどんどん可能」になっていくわけで、そうすると技術者当人の価値は下がっていく。いま、プログラミングができますくらいの技術者の大半が不要になる時代はもうそこまできているのかもしれない。プログラミングができますっていうのは、いまでいうデザイナーみたいなもので、綺麗な線がひけます程度とかそういうものになっていく。
コンピュータというテクノロジーは人間がやることをどんどん減らしていくことが目的なわけで、当然雇用の問題も大きく関わる。
ITはほんと、道具として考えて、勉強の対象にすべきではないと思う。
2006-03-16
[長年日記]
【INTERVIEW】「Web2.0をグーグル社内で議論することはない」:ITpro
あたり前。というか、さわぎすぎてるよなぁ。日本の会社もこれくらい強気であってほしい。流行をつくるくらいのことをやってくれ。
ようするに思想やヴィジョンがない。そしてあったとしてもそれが浅い。
2006-03-19
[長年日記]
「線」1本でもなくすことが美しい
Appleのやり方を見ていて感じる。その1本をなくすために、無線LAN,Bluetoothなどの最新のテクノロジーを投入していく。ここれは、iMacやPowerMacG5などデスクトップ型にも標準で無線LANを装備あるいは可能なようになっていることから、気づいた。普通、無線LANの利便性は「家の中どこでもつながるという」ことに思いがちだが、Appleは「線がなくなりシンプルだ」というふうにもっていくわけだ。見習いたいものである。
GUIが登場してから50年も経っていない
今のPCのGUIは、歴史が浅すぎるし、ほんと可能性の一部でしかないのかもしれない。まぁ、だからインタフェースの研究は面白い。普及のきっかけはいつも使いやすさや、インタフェース。Skypeだって、P2P技術だけでなく、Firewall、NAT越えによりインストールすればすぐ電話ができてしまうという簡単さによって普及するわけで。
2006-03-23
[長年日記]
暮らしをデザインしよう!@イトーヨーカドー
新しい企業TVCMシリーズ “暮らしをデザインしよう。design!(デザイン)”は、お客様の毎日の暮らしが、ちょっとしたデザイン=「工夫」や「ひらめき」によって、楽しく素敵なものになる、というコンセプトに基づいており、イトーヨーカドーがその「工夫」や「ひらめき」をお手伝いしたい、というメッセージを込めました。
「コトのデザイン」がようやく大衆化されようとしている。日本人がデザイン、デザイナーと言えば、ハナヱモリ、イッセイミヤケなど、なぜか「ファッション」の印象が強かった。自分が小中学生のころも、デザイナーっていうとなぜか「ファッション」の分野だと思うところがあった。
さらに、どうしても「デザイン」というと多くの人は「モノ」のことだと思ってしまうらしく、インタフェースの研究をしていてエクスペリエンスデザインという言葉を普通の人と話すと、よくわかってもらえない。デザインというと、「きれい」「かっこいい」ということで、芸術だと思われることが多いようだった。企業でもデザインの重要性がわかってきたのは最近のことではないろうか。
暮らしのデザインというのは「モノ」ではない。たぶん、ある意味で大衆的には「新鮮」に感じるはずである。CMからもファッションや芸術ではないことを感じ取れるはずである。
スタイル、暮らし方、生き方、モノとの関係、そういったものをふくめて今日の「デザイン」という言葉が定義されていることに気づくいいきっかけになると思う。
- コトのデザインについては以下の本が詳しい.
内容の質もよく、まとまっている。

SONY RC-S320 非接触ICカードリーダ/ライタ「パソリ」
パックマンのゲーム学入門(岩谷 徹)
Rain-Glo LEDライトアップ傘 ブラック UERGAD-BK
I..D.E.Ainternational LEDアラームクロック ニーク LCA016-W 2190163
I.D.E.Ainternational ミラーLEDクロック(ACタイプ) LCW024-NW \7500
記憶の持続 自己の持続(松島 恵介)
アフォーダンスの発見―ジェームズ・ギブソンとともに(エレノア・J. ギブソン)
起源のインターネット(喜多 千草)
情報デザイン入門―インターネット時代の表現術(渡辺 保史)
Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~(田口 元/安藤 幸央/平林 純/角 征典/和田 卓人/金子 順/角谷 信太郎)
RailsによるアジャイルWebアプリケーション開発
Before...