2012

映画のタイトルじゃないんですね。今年ですね。

2012年、あけましておめでとうございます。

今年はブログをできるだけ多く書いていきたいと思っているのですが、どうしてもtwitterで発言欲が消化されてしまうといいますか、ブログは腰が重い。twitterに書いてしまうと、どうしても体系的に書きにくいから、結果的に何を書いたかも忘れてしまう。ブログもたくさん書けば、何を書いたか忘れてしまう可能性もあるけれど、やっぱり体系的に「書く」と何か身につくようなそんな感覚もします。

昨年は、講師・講義依頼が多くて、いろいろ出向いて生態心理学の話をする機会をいただきましたが、こういう講義のときのネタとしてもブログで一度ちゃんと考えて書いておくと、講義のネタとして役立つだろうと思ってはいるので継続的に書く努力をしたいと思っています。また出張講義以外にも、非常勤で東京芸術大学で「インタラクションデザイン概論A,B」という授業を行っていますが、そこで話している内容などもブログに載せていきたいと考えてもいます。(あー、考えるのは自由ですね。書き出すのは本当難しい)

「考える」という言葉の発明は失敗。
「考えるの身体化」を目指すべき。

今日のこの記事は特に目的もなく、新年の挨拶のようなものですが、、、ところで「考える」ってなんでしょうね。

これは人間のどういう状態をそういうのか。

私はですね、この「考える」という動詞の発明は失敗だと思っているんですね。実体がないんです。考えるという活動は。学校の先生が「よく考えなさい」なんて言ったり「考える力」が重要と言いますが、ニュアンスではわかるし、自分でもたぶん「考えるという状態」はなんとなく体験しているのだけど、大切なわりに、実体がないのでその活動に対する給料はないんですよね。だから「考えている」はいいわけに聞こえてしまう。そう「考える」という活動の危うさ。考えるだけなら、地面を歩いているアリだって宇宙の始まりや自信の生涯について考えているかもしれない。人間も考えていたとしても、それを外在化できなければ、アリと変わりません。それに、「考える」には身体活動を伴いませんが、身体的活動をすればほとんど「考える」は伴います。だから、極端にいえば考えるより行動したほうが得です。

さて、何が言いたいかと言いますと、「考えるという状態」を分解し、明示的、具象化するかが人類の課題だと思っているということです。ブレインストーミングやマインドマップはその成果の一部と言えます。でももっと「考える」の外在化の方法、考えることの身体的な方法、身体化あると思っていて、ブレーンストーミングのようにイベント的ではない方法があると思うんですね。

クラウドとかインターネットはそういう意味じゃすごくよい手段になり得るし、ワイヤレスネットワークで接続された端末なんかは「考える」の身体化に貢献できそうです。

今は「考える」→「表現」という乖離が問題です。表現することが考えることと一体化すればもっと対話が魅力的になり、日常がアイデアにあふれる世界ができると思っています。なによりこれは楽しい世界だということです。自分の考えがとんでもなく伝えやすくなるわけですから。

こういった話はよく考えているのでもっと書きたいのですが、今日はこのへんで。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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インタラクションデザイン=人間をコアにしたエンジニアリング

昨年からインタラクションデザイン研究会作り、5回とやってきましたが、イベント的にじゃなくて常勤している人がいて工房があって専門家がいて、、というようなインタラクションデザインセンターつくりたい、とぼんやり思いました。

iPhoneなどAppleの真似をしなくてもいいのに、追ってしまう企業。真似は学びかもしれないけれど、それにしては、インタラクションデザイン、ユーザエクスペリエスとか、わかっていないように見えてしまう(実際はどうかは別として)。インタラクションデザインとかユーザエクスペリエンスとかいう言葉だけ聞くと何かマーケティング用語のようにも思われてしまうのかもしれないけど、そう思っていたらかなりまずい。

インタラクションデザインもユーザエクスペリエンスも、「人間をコアにしたエンジニアリング」で、意匠レベルの話じゃない。デザインっていう言葉が氾濫しすぎていて誤解しやすいけど、これはガチに設計の話。

しかもこの設計というのは、購入前から購入後,利用中,さらには捨てるまでの設計で,お金を払うことまでも設計対象になっているということ.

重要なことは物であれ情報やサービスであれ「人の体験に収束する」ということ.

この体験を設計しようというのがインタラクションやユーザエクスペリエンス.
そして,この設計手法をまず中心に持ってきて,そこにそれを支える技術を導入・開発する方法.

日本の携帯はビジネスモデルと,プロダクトの体験が乖離してる.
i-modeはもしかしたらビジネスモデルとしてはいいのかもしれないけど,
ユーザエクスペリエンスはいまいち.なんでこんなものに金を払うんだってね.

iPhone使ってるとわかると思うけど,比較的心地よくお金を使えちゃう(アプリ購入など)
日本の携帯はなんか「せこい感じ」まるだし.

ついでに,プロモーションも乖離してる.
CMに人気芸能人が出たり,プロモーションサイトがプロダクトとほとんど関係ないネタコンテンツだったりで.
だから,資金が分散しちゃってんじゃないの.

ビジネスモデル,プロダクト,プロモーションの体験がばらばら.
そういう指摘あんまり聞かないけど,これって重要なことだと思うんだけどなー.

だから決して「インタラクションデザイナーやこれら研究者は端末だけの設計を考える人」とは思わないでほしい.

こういう理解がやっぱり日本は遅れているのかなとどうしても感じてしまう.

だからもっとそういうことを勉強しようという意味でインタラクションデザイン研究会つくったけど,もっと常勤でその研究をする人たちとか,物のプロトタイプから,ビジネスプロトタイプまで一環して検証したりつくりだすインタラクションデザインセンターをつくれたらいいなとか思ってしまったわけです.

「日本は技術はあるんだけど,,」が本当ならば,どこのメーカーにも属さない状態で
インタラクションデザインやユーザエクスペリエンス専門も機関をつくって,
技術はあると言われる企業一緒に活動し,「最新の物の設計=体験の設計」の考え方の学びながらもがんがんこの方法をさらに独自に開発し戦略的に利用していく流れをつくらないといけないんじゃないかとか思う.

日本が遅れていると言ったけど、世界を見たら日本は進んでいる方だろうから、でもなぜこれが大切かって、やっぱりメーカーがたくさんある国だから、それを生かす上でインタラクションやユーザエクスペリエンスは重要。メーカー企業の中にはもちろんこういうことを知っている人はいるはずなんだけど、もっと勢いが欲しい感じ。あとは内部からの上司や会社全体へその考え方を広めるのもけっこう難しい。

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AirSketcherがGood Design Award (2011) を受賞

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現在未来館でも展示していますAirSketcherですが、このたびGood Design Award を受賞しました。昔からよく知っているマークなだけに、ちょっとうれしいです。

ただ、Good Design Awardはやはりプロダクトデザインの良さが中心で、UIなどに対しても賞を与え始めているようですが、まだまだという感じです。

インタラクションデザイン研究会でもこういった賞みたいなものの制度をつくって、インタラクションデザイン振興ができたらいいのかなと思っています。

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「自由帳」というネーミングとターゲッティング

大学生になったころ、ふと「自由帳」という名前に疑問を持ち、「自由帳という名前をつける日本の学習帳すごい」と感動しました。自由とはとても難しい概念であるのに、小学1年生から自由帳(じゆうちょう)という名前の付いたノートを使うからです。そして、ノートを「目的で定義」することと、「スペックで定義」することが、ものを作ったり売ったりするときの発想において重要であることに気づきました。

Notejpg

自由帳

日本の学習帳、たとえばジャポニカ学習帳は「こくご」「さんすう」など学習の目的に応じたノートを販売しています。中身は国語であれば、縦に文字を書くようにガイドが描かれています。算数であれば数字の学習をしやすくなるようなガイドがあったり、罫線のような柄であったり、そして、それぞれマスの広さなどバリエーションがあります。

そして「自由帳」はそれらのガイドがなく「無地のノート」です。目的でタイトルをつけているシリーズですから、自由帳は「自由に描くノート」なんでしょう。しかし、よくよく考えてみれば、自由帳ではなくても、算数のノートに漢字を書いてもなんら問題はないし、こくごのノートで計算をしてもなんら問題はありません。ガイドの制約とはいえ強制制約ではなく、あくまでサポートです。

つまり、自由帳ではなくてもユーザが何をするかは「自由」であるのに、自由帳が存在しているわけです。(らくがき帳やメモ帳という名前でもありません)これを小学生自身が疑問に思うことは希だと思いますが、自由という言葉は哲学的です。そしてまた、その自由帳に小学生が何を書き込むのかというのはとても興味深い話です。

私が、大学生になったころ、なぜ自由帳という名前に疑問を持ったかというと、SFCという大学が自由帳みたいなものだという考えに至ったからです。他の大学の多くは、理学部情報科など具体的な目的があり、必修も比較的明確にあり、そういう意味で罫線があると考えました。一方SFCは、罫線すら自分でつくらなきゃいけない。そういう大学だということを考察したことがあったからです。

「ターゲットを絞る」ということ

さて、それからしばらくしてです。たぶん10年くらいした後です。

私はインタフェースやインタラクションの研究をしていたわけですが、「ターゲットを絞ることが重要だ」みたいな話を研究やビジネスの話でたまに耳にしていました。しかし「ターゲットを絞る」というと、なにか自分のつくり出そうとしているもののユーザや汎用性が狭まってしまって、「可能性が広がらないじゃないか、そういうのより汎用的なユニバーサルなものをつくりたい」なんて考えていました。

しかし、あるときでした。電車に乗っていたときのことです。ちょうど混雑していたのですが、目の前の人が読んでいる本の一部分が目に入ったのです。

そこには「ターゲットを絞るというと、その人しか利用できないように感じてしまうが、ターゲットを絞ったからといってそのターゲットだけが使うだけということはないから心配はない」「逆にターゲットを絞らなければ、それが「何であるか」が誰にも伝わらないで失敗すらしてしまう。魅力が伝わらない」というようなことが書いてありました。私はそれを見てハッとしました。

そうか、実装したものとターゲットを絞るということは、別に考えるんだ、と。説明するときにターゲットを絞るという戦略が必要なんだ、と。そして、ターゲットを絞りそれが「何」であるかをちゃんと伝えられることが大切なんだと気づきました。

よく例に出すのですが、慶應大学の増井俊之先生が、本棚.orgというサービスを開発しています。自分の読んだ本や興味のある本をコメントをつけたりして、管理、共有できるサービスです。重要なのはこのサービスの「本棚」という名前、定義です。このサービス名によって、Web上に自分の本棚をつくれるんだな。ということが容易に想像できます。しかし、実際は人によっては読書感想日記として利用している人もいるでしょうし、あるいは本を購入するために書かれたレビューを参考にするという人もいるわけです。「本棚」だからといって、本の管理システムとしてだけ使っているユーザだけしかいないわけじゃないのです。

たとえば、もし本棚.orgが「レビュー.org」だったら、正直イマイチでしょう。「レビュー」ではまず」何のレビューかもわかりません。増井先生が仮に本のレビューを集めるということを狙ってそういう名前をつけるにしても、同じサービスであってもユーザが抱くレビューというイメージと本棚はだいぶ違うと私は考えます。もちろん、本棚以上にもっと良い定義があるかもしれませんが。

『「何」が産み出す価値』

話は戻って学習帳の話です。

私はものやサービスをつくるときに、「国語のノート」「算数のノート」「英語のノート」というターゲッティングされた名前をつける発想が必要だと思っています。ノートという紙の技術はほとんど同じにも関わらず、ユーザがノートを必要として文房具屋に行ったときに、それらのノートは明らかに目的を達成するための価値としてユーザの目に飛び込んできます。もちろん、このブログを見ている方は小学生よりかは大人の方が多いでしょうから、国語のノートを今買うという価値はわかりにくいかもしれませんが、単にノートということではなく価値が付与されているわけです。

そして、罫線、無地、方眼などノートがあります。これらはスペックで表記しています。どう使うかはユーザの判断、ユーザにその価値を委ねられています。現在私たちは、それを国語のノートとして利用したりするわけですが、仮に無償でノートを与えられたときどう利用するかはユーザが考えなくてはその価値は生まれていきません。

コンピュータはノートに似ています。コンピュータの技術はマルチメディアであり、メタメディアです。「何」とするかが価値です。
研究者やメーカーとしてコンピュータの価値を提供していくためには、CPUやメモリではなく、あるいはタッチパネルかマウスかということではなく、どんな価値なのか、つまり、「罫線」というスペックではなく、「国語のノート」のように「何」なのかを提供していくことが今問われている思っています。

そして、まだコンピュータの歴史はその段階だと私は思っています。何であるかで、人の活動は大きく変わりますし、コンピュータの可能性も大きく発展します。

今のパーソナルコンピュータの形は、そういう意味で自由帳にあたるものでしょう。

私はそういう感覚から、コンピュータという技術を「何」でありえるかの可能性を探るために「アプリケーション」のプロトタイピングを通じて人間と技術の可能性と、目指すべきの理念のブラッシュアップを日々行っています。何であるかを考えるとき、どうしても既存の概念から発想せざるを得ず「メタファ」になりがちです。しかしプロトタイピングし体験をするうちに、そのメタファでは語りきれない何かに気づき始めます。それがプロトタイピングの醍醐味でもあると言えます。そして、重要なことはそれに新しい名前を与えます。そして定義を明確にします。新しい価値、プロダクトの誕生です。

またこういう話は今後も書いていきたいと思います。

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iPad KeyEdge キーボードのエッジをつくってみた

ソフトウェアキーボードのミスを防ぐために。つくってみた。みんなタッチパネル触感があるといいよねっていう話をしますが、キーボードで重要なのは触感ではなく、エッジ。ブラインドダッチはエッジを探ってる感じ。

結論としては、もうちょっとがんばってつくらないといけない^^; iPadでブラインドタッチできるようになるのが目標です。これ、去年(2010)の6月ごろiPadにカバーつけようと思って、それなら、キーボードフレームにしたらどうか、と思って思いついたもの。なかなか難しいけど、レーザーカッターでアイデアをすぐ試せるのはいい時代です。

とりあえずエッジが。でもホームポジションに指をおくと入力されちゃうのでまずい。

なのでラップをかぶせてみた。常に指を置いときたいから。でもラップが弱すぎる。

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インタラクション2011にて「smoon: 計らなくて済むスプーン」がインタラクティブ発表賞を受賞

国内で最も規模の大きいインタフェース、インタラクションの会議「インタラクション2011」にて、提案した「smoon: 計らなくて済むスプーン」が参加者の投票の結果インタラクティブ発表賞を受賞しました。


smoonは、デジタルレシピのステップとそのときに必要な調味料や材料の量と連動しスプーン自体が変形することによって、ユーザが複雑な単位の意識や、計量という意識をまったくせずに調理を支援するシステムです。

「計る」は難しい

「計ること」の難しさを一切取り除こうというのが今回の提案です。レシピには、cc, グラム、カップ、さじ、など単位が複雑で、また計量のための道具も多種多様で、非常にわかりにくいものです。また、計量という行為も、ぴったりあわせようとすると、多すぎた少なすぎたなど、調整が必要であったり気を使う場面が多いものです。smoonはこういった煩わしい計量をユーザにはさせず、デジタルデータとアクチュエーターが連動することによりユーザは「ただすくだけ」で計量が済むことになります。

Webのレシピサイトにはたくさんのレシピ情報が増えていますが、結局のところ、そのレシピ情報を解釈し行動に転化するのは人間の役目でした。新しいレシピへ挑戦するときや、料理の初心者にとっては、その料理が魅力であっても、使う材料が多様だったり、単位が多様だったりすると、難しそうという印象を与え、調理活動の障壁になっていると考えました。

実際に私はこれまで調理をほとんどしなかったのですが、大さじ小さじが量に変換するとどれくらいなのかということはまったくわかっておらず、1/2カップってどれくらいだ?など、計量カップに200mlが1カップと記してあっても、混乱していました。また何度も、レシピを見ながら調理自体も進めなくてはならないので、調理は非常に気を使うという感覚がありました。

smoonでは、計量カップですが、グラムすら体積に変換して計量可能です。計量可能というのは語弊がありますが、システム側で材料の体積と質量の関係をデータベースとして持たせることができるため、計量を実現できます。

smoon

「計量しなくていい」という発想

smoonの実装は、今回は容積を変えられる計量スプーンnuscupという製品を改造し、モーターを組み込むことで実現しました。nuscupという容量変更可能な計量スプーン自体のアイデアがそもそも優れていると言えますが、重要なことはこれはまだ「計量する」という意識からユーザは解放されないということです。言い換えれば、nuscupは多様な計量スプーンと計量カップをひとつにまとめた十徳計量カップのようなもので、計量行為から人々を解放するコンセプトとは考えている文脈が大きく異なります。特殊な計量スプーンという意味では、計量スプーン自体が重量計になっているデジタル計量スプーンなどがあり、どれくらい重さなのかを計れるものもあります。また、形状はことなりますがnuscupと似た製品もあります。

つまり、ほとんどの製品は「計量する」をいかに手軽にという発想の中にあり、計量しなくていいという発想にはないのです。この発想が、たとえ製品の構造が似ていても、インタラクションのレベルでは大きな差異が現れてくるところなのです。

smoonの今後と背景

smoonの提案の根底にはWebと実世界をスムーズに結ぶ流れがあります。Webに情報は増えている一方で、それが実世界に直接的に恩恵をもたらす手法は、まだごく限られています。Webにいくら価値ある情報、たとえばレシピが増えても、現状は「人間が解釈して」それを行動につなげています。smoonはデジタルレシピ、Webのデータと連動することで、Webの価値が直接的に実世界に反映され、物理的道具を強化します。

CastOvenでは、待ち時間という実世界の制約である時間に着目し、Webコンテンツの日常への浸透を狙いましたが、smoonはより物理的で道具的です。自動的な計量の実現手法は他にも色々あると考えていますが、今回は従来から家庭で使われている計量スプーンの形状を継承し、道具とWebの融合によるわかりやすい提案に仕上げました。

なお、今回はデジタルレシピ側は、最低限の提案です。smoon自体の今後としてはsmoonを活かす形でのデジタルキッチン、デジタルレシピ、あるいはWebキッチンとでも呼べるような次世代キッチンの研究を推進していく予定です。

smoonは発表中さまざまな議論がありました。具体的なところでは、より実用にするためには、洗える洗いやすい工夫をどすうるかなど。他にも大きな議論としては、これならばすべてロボットにやらせる自動化がいいのではないか、調理の創造性を奪うのではないか?など。あげればきりがありませんが、シンプルな機構でありながらも、比較的面白い議論ができたことに、私自身としても今回提案の可能性を感じました。

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第7回 HCD-Netサロン「アドバンストデザインとHCD」にてトークします。

【お知らせ】東日本大震災や計画停電にともなう交通の不調等を鑑み、4月以降へ延期することなったそうです。よろしくお願いします。(2011.3.17追記)

3月28日に秋葉原にて、アドバンストデザインとHCDというテーマでトークさせていただくことになりました。比較的自由に話してよいみたいなので、デモ、デモビデオを交えながら、開発背景や考え方、何をしようとしているのか、あるいはインタラクション研究をどういう発想で行えばよいか、について話題提供しつつ、皆さんと議論を深められればと思っています。

以下のサイトに申し込みや詳細があります。

http://www.hcdnet.org/event/hcd-net-salon/7_hcd-net_hcd.php

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Web の地上化 ~ 生活に溶け込ませるブラウザの発想と戦略 ~

11月20日(土曜日)のFirefox Developers Conference 2010にて講演します。

http://mozilla.jp/events/2010/fxdevcon/

現在参加受付しているそうです。

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「Web の地上化 ~ 生活に溶け込ませるブラウザの発想と戦略 ~」

ユーザが積極的にデバイスやブラウザにかかわらなければ、価値ある情報にあふれた Web であっても、Web の恩恵を受けることはできません。本セッションでは、Web と人々が日常生活の文脈の中で出会うための発想 《Web の地上化》 をキーワードに未来のブラウザや Web あり方ついて一緒に考えていきたいと思います。

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生活の文脈や時間の観点から日常生活の中でコンテンツを消費していく発想についてご紹介していきたいと思います。

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第3回 インタラクションデザイン研究会「技術とデザインの身体性」

まだ第2回が開催されていませんが、第3回のお知らせです。

山中先生と暦本先生です。この組み合わせは今までありそうでなかった初の組み合わせ。

暦本先生については、実世界指向インタフェースの第一人者ですが、Pick&Dropは一番衝撃を受けたアイデアです。僕の中ではpick&dropを超える衝撃に出会っていないといってもいいくらいの衝撃です。

また、僕はオープニングで少しアニメーションと身体、デザインについて話そうかと思っています。

第3回 インタラクションデザイン研究会「技術とデザインの身体性」

今回は参加は抽選となりますが、受付時間が短いので早めの登録をおすすめします。

http://sigixd.org/3rd.php

第3回のテーマは「身体性」です。これはインタラクションデザインの基盤となる考え方です。従来は、人間の脳内の情報処理モデルと対話システム処理系という関係性で人と機械がモデル化(入力ー出力の関係)されることが一般的でした。これは、特定の作業タスクやコンテクストのみではある程度有効な手法でした。しかしながら、技術の発展に伴い機器や情報システムが一般家庭やモバイル環境などの状況がダイナミックに変化するような場面となると、実世界や社会の性質や仕組みを理解した上でのシステム設計が必要となりました。

従来のモデル化は人間を高度に抽象化し、入力ー出力の関係を「点」で捉えてきたと言えます。しかし、日常生活のような動きのあるコンテクストの中でのインタフェース設計は「面」で設計しなければならないのです。人間がどこで、どのように活動を行っているのか、活動や状況それ自体に対するインタフェースを発想しなければならないのです。いわばこれがインタラクションデザインなのです。さらに、身体は環境と密接に関係しており、身体性について考えることは、人間の知性にも関わる重要なことです。今日のヒューマノイドロボットの研究の源流には、脳が知性の本質と捉えた従来の人工知能の失敗があります。つまりロボットの研究は人間の知性を身体と環境とのインタラクションから探りだそうという試みのひとつなのです。

さて、第三回の研究会では慶應義塾大学の山中俊治教授、東京大学の暦本純一教授を講師として迎え、ご講演頂きます。お二方とも企業出身であり、現在大学教授となられていますが、そのキャリア自体が日本のIxDやUXの発展を物語っているとも言えます。山中先生は、デザイナーとしてのご活躍が長いものの、出身は工学部という特異なキャリアをお持ちで、近年は技術者としてヒューマノイド・ロボットなどの開発にも関わっておられます。そして、暦本先生は実世界指向インタフェースの第一人者であり、Pick&Dropといったヒューマンインタフェースの業界の一つの歴史的分かれ目をつくられた方でもあります。山中先生、暦本先生共に、新しい人間観を持ちそれを的確にものづくりに落としこむインタラクションデザインのプロフェッショナルです。

今回の研究会はお二人のご講演に加えて、巨匠と直接対話する時間を多く設けます。また、密な議論を行うためにご講演頂くお二人と会場との距離を近く設定しました。さらに、研究会会場にて懇親会を行い、長時間にわたって参加者同士で意見交換を行うことができるようにしています。現代の巨匠と直接対話することができる貴重な機会を、皆さんと共有できる会にしたいと思います。

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Googleにおけるインタラクションデザイン 第2回インタラクションデザイン研究会

6月に第1回研究会を行いましたが、1回で終わりにしては意味がありませんよね。第2回も3回もちゃんとやります。まだ不慣れな部分もあるけどがんばります。

第2回は企業にフォーカスするということで、検索やWebアプリケーションで大きなインパクトを与えた「Googleにおけるインタラクションデザイン」です。

グーグルには知り合いが何人かいるのですが、ちょっとインタラクションデザイン研究会をできないか相談したら、ぜひやろうということになり、今回グーグルの会が実現しました。今回グーグルの全面協力で、会場までお借りすることができました。さらに渋谷から六本木に移ったばかりの新オフィスですよ。楽しみです。

個人的には、数億人が利用するサービスとそのインタラクションデザインに興味があります。それに、GoogleMapsやGmailなども、Webブラウザというユーザエクスペリエンスとしてはかなり制約の多いの中でアプリケーションを展開しているわけですから、そういう意味でのノウハウというか考え方など知りたいし議論していけたらと思っています。

また、私は以前からGoogleはインタラクションデザインの企業であると考えているところもありますし、そもそも創始者のラリー・ペイジさんらはHCI研究者のウィノグラード先生の研究室出身なわけですから、企業シリーズ第1回としてふさわしい企業ではないかと思っています。

第2回インタラクションデザイン研究会

「Googleにおけるインタラクションデザイン」10月29日(金)19:00〜21:00(開場18:00)

http://sigixd.org/2nd.php

参加登録は9月27日開始です!前回は告知と同時に参加登録開始で4時間で満員御礼となってしまったので、告知を早めに行うことになりました。

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  • 渡邊恵太

    HCI (HumanComputerInteraction) の研究者

    日常生活に情報技術を溶け込ませるインタラクション手法、アプリケーションをプロトタイピングを通じて研究。

    「観察と記述」は2004年くらいからたまに書いてるブログ。